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このまま萎縮していくのか

いままでは根拠のない希望があった。最近それさえもなくなった。・・・

一度気付いてしまったら戻れない?

物事には可逆的なことと不可逆的なことがある。紙に火を点けて燃やしたら元には戻らない。骨は折れても大体くっつく。切断された脚は戻らない。

精神面はどうだろう。記憶したこと、とりわけ印象的なものは死ぬまで忘れないだろう。これは不可逆的だ。ところで私は今この世界、いやこの世界の人間のあり方に絶望している。ドーパミンだのアドレナリンだのが分泌されにくい体になっているのは理解している。睡眠も滅茶苦茶だし改善すべきことがあるのは自覚している。しかし、仮に自律神経が正常に機能したり、行動力が湧いたりしたとして変われるのだろうか。

引きこもりなどを支援するために頑張ってくださっている方々のブログには「自分の考え方を変える」とある。読んでいてなるほどなあと思った。世界や他人はそうそう変えられるものではないですからね。

例えば犬や猫は人間ほどの社会的な複雑な悩み、哲学的な悩みは持ち合わせていないのだろう。人類のはるか昔のご先祖様も現代の人間のような複雑な悩みはなかったと思われる。脳の大きさとかで現代人より知能が低いとされるらしいからだ。そんな時代を経て進化した現代の人類の脳はもう古代の脳には戻れない。これは非常に長期的な不可逆反応だ。

さて、私は考え続けた結果、人は醜く生きるに値しないものと結論付けた。解決出来ていない問題が山ほどある。人間は色々と怖い。それを認識した私が人間社会でやっていけるようになるというのか。小学生のときは小学生なりに嫌なことはもちろんあったけれど、人生に絶望することなんて考えもしなかった。私がこれから(記憶喪失になったりせずに)自分を変えてあの頃のように社会に適応できるようになるというのか!?

記憶で構成される心は可逆的なのだろうか