このまま萎縮していくのか

未だ苦しいけれども、ブログを始めた頃に比べたらいくらか楽になった

たった数人の発明に人類全体が動かされるのは不自然

遺伝的に空を飛ぶことができる、あるものを恐れるようにできている、狩りの仕方を親から教わる、こういった動物の習性は理解できる。

しかし、ある個人(あるいは少人数)が、車を発明した、パソコンを発明した、携帯電話を発明したとき、その他の人類全体が当然のようにそれを利用する環境にあることが現在の様々な社会問題を生み出しているのではないだろうか。

遺伝子に刻まれているでもなく、生きていく上で生物学的に必要でもない。そういったものが産まれたときから用意され、それを使うことが当たり前になっている場合が多い。

発明を利用することを半ば強制されることで本来想定された生き方とのズレが違和感となりストレスを生んでいるのではないかと思う。

人類の長い歴史の中で身体的または精神的に変化してきたものならそれはなるべるしてなったものだから問題ない。しかし、ごく少数の人間が発明・発見した物事を、そのようなことを考えもしなかったその他大勢の凡人に適応させてしまってよいのだろうか。この不自然さが人間が起こす多くの問題の根本にあるように思えてならない。